1. 僕の詩は (2’24”) 2. 長い廊下 (7’52”) 3. 心のよろこび (4’10”) 4. 君も僕も美しい(4’42”) 5. 笛を吹く男 (4’56”) ---------- 明治大学グリークラブOB会塩野静一記念男声合唱振興基金委嘱作品。2021年12月に同大学グリークラブ第70回定期演奏会にて初演。 コロナ禍でなかなか大きな声を出しにくい状況下、あえて思いっきり気持ちよく歌って欲しいとの強い願いを込めて作曲された。詩人を知るのに適した第1曲より終曲まで変化に富んだ千原ワールドを味わえる。全5曲。 グレード:中?上級 演奏時間:約25分
<まえがき> 2020年の8月から11月にかけて作曲した。トルストイに傾倒し、人間博愛を謳い、志賀直哉らと「白樺」を創刊し、亀井勝一郎に「偉大な小児の祈祷」と言わしめた小説家・詩人・劇作家の武者小路実篤(1885生?1976没)。僕にとって彼の詩群への初めての付曲となります。 この作品に取り組もうとしていた頃といったら、それはそれはもう世界のあちらこちらで新型コロナウイルスが猛威を振るっていて大変でした(この楽譜を手にとっていただく頃には収束していることを願うばかりです)。いつになったら今までのように思う存分のびのびと歌うことができるのだろうか、などと思いながら新曲のテキストをいろいろ選んでいたところ、古い新潮文庫・武者小路実篤詩集の中に「大声で怒鳴ってみたい」との詩の一節が目にバーンと飛び込んで来ました。うん、そうなんだよね、みんな思う存分遠慮なく大声で歌ってみたいと思っているだろうし、ブラヴォー!だって叫んでみたいだろう。まさにいま取り組むべき詩、今しか書けない歌、これだ、という気持ちが沸き起こったのでした。 まず『長い廊下』にとりかかる。これがいわゆる「小児の祈祷」というものでしょう。読んでそのまま、というのは分かり易くっていいんですが、そこは天衣無縫の文体を誇る武者小路先生、これを正直に軽い気持ちで4分音符や8分音符でスイスイと音楽にしてしまっては物足りなく、申し訳ない気持ちです。僕としてはLess is moreの良さ、ピュアな曲の良さは理解しているし、これまでにたくさん書いてきてもいますが。詩でも曲でも、一体何を考えてこう書いたのだろうか、やはり凡人とは違う感覚なのだ、と思わせる方がなんか有り難みあって、そして深みも出るんじゃないか、演奏イメージも膨らんでくるでしょう。そんなあれやこれやで、作曲にはいろいろひねった技(言うほどのことでもないんですけど)を仕掛けたため苦労したところがあります。まあ、初めての詩人への付曲というのは馴染みがないもので慣れるまでしばらく時間が要るものです。出来上がった曲は、怒鳴り出す、駆け出す、踊りだすようなアクションを彷彿とさせる、諧謔的な変化に富む曲となり、僕としては力作になったと思いますが(いかがでしょうか)。 このとっかかりの作曲が予想を上回って面白かったので、それでは武者小路実篤で組曲と行ってみるかと、2番目に作曲したのが詩人の代表作のひとつの『笛を吹く男』。彼の詩はどれも正直でシンプルで、ごくごく簡素な木彫りの微笑を湛えた円空仏を思い起こさせます。おや、詩から笛の音が聴こえてくるよ。これを「ラララー、ルルルー」で表現してはつまらない。口唱歌(くちしょうが)みたいに「ヒュ〜ロ〜、ヒャラリラ〜」としてみる。こうするとどんどん曲も膨らんでくるから不思議です。日本の笛をイメージしましたが、詩人に聴こえていた音、詩人が吹いていたのはフルートかもしれずオーボエかもしれないけどね。 曲はテキストのみを表現するにとどまってはいけないと思う。縛られてはいけないと思う。曲で詩人の似顔絵は描かない。詩人の人となりを知る、時代を知る。日本人を知る、これは大切ですね。ここをキープした上で、いかに自分の色に染め上げることができるか、イメージを広げられるか。これが作曲の醍醐味だと思うのです。 以上2つの大きめの曲を書いた後は、気分は楽。もう余裕である。リラックスして洒落てさっぱりした小品が書きたいな。ポップで軽快な『心のよろこび』とオールドファッション(「シャラララ〜」の懐かしのスキャット)な『君も僕も美しい』を作曲しました。 ここまで全部で4曲。時間的にも内容的にも充分と考えますが、作者が自作詩について語った良い文章があるので、これをテキストに、組曲のプロローグあるいは前口上のつもりで『僕の詩は』を書きました。 さて組曲のタイトルはどうしよう。『長い廊下』『笛を吹く男』か…。総タイトルにはちょっと弱いな。多分の気恥ずかしさがあるけど、ストレートでわかりやすくインパクトある『君も僕も美しい』ーほう、いじゃないか。これをメインタイトルとしよう。 このたびカワイ出版からの出版の機に際しては、曲をじっくり見直し、各所に変更をおこないました。(千原英喜)
千原英喜
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